天之御中主神
私がいつも助けてもらっている神様、天之御中主神(アメノミナカヌシ様)
ブログでも何度かご紹介していますが、今年は新年からだいぶ経った1月11日に
アメノミナカヌシが御祭神である相原諏訪神社へ初詣をしました。
私はいつもドラえもんに頼るのび太のようにアメノミナカヌシ様に助けてもらい続けているので
何かを祈願するのではなく「本当にいつもいつもありがとうございます」と伝えたくてお詣りに行きました。
日頃の感謝を伝えてお詣りを終えると、電話が鳴りました。
義母です。
「もしもしさっちゃん?今大丈夫?」
「今ちょうど神社でお詣りしてたんですよ〜。アメノミナカヌシ様にはいつも家族みんな守ってもらってるので」
「ああ、お詣りしてくれてたの。だから私助かったのね。ありがとう。さっき交通事故に遭ったのよ」
「ええええええ😱!?!?」
「車同士の事故で、突っ込まれて車はグシャグシャだけど、私は無傷なのよ」
一通り話して電話を切ってから、まじまじと御本尊を見つめてしまいました。
なんという御加護でしょうか。
その日はもう一度参拝してから、義母のところへ向かいました。
それから2週間後くらいに、久しぶりに地域の小学校の『放課後子供教室』にお邪魔して、編み物教室を開催してきました。
お役に立てたかどうかは定かではないのですが、ボランティアの謝礼金をいただいてしまったので、能登震災の募金にしようと思い、バッグに仕舞いました。
それからしばらくそのバッグを使わなかったので募金のことをすっかり忘れていたのですが、ある時、久しぶりにバッグを覗いたら謝礼の封筒と目が合ったのです。
改めて封筒をじっくり見たら、担当のMさんの優しさ溢れる文字で「ありがとうございました」と書かれており、千円かと思っていたら二千円入っていました。
それを眺めていたら、ふと震災のこと、義母の事故のことなどが頭を巡り...
私の中にある疑惑が湧きました。
私は自分や家族や友達やクライアントや顔見知りなど、直接関わりのある人の幸せや安全しか本気で願ってなかったかもしれない、と。
昔から「世界平和を願ってます」と言う人ほど身の回りの人を大切にしてないなと思うことが多すぎて
ちょっとPEACEとか世界平和とかのフレーズにアレルギーだったのもあり、私は自分の半径数メートルや抱えられる範囲を大切にしようと決めていたのですが、
本当に身近な平和しか祈れてなかったと気づいてしまったのです。
いつもアメノミナカヌシ様に助けてもらっている実績があるのに
「地球の生きとし生けるものすべてお助けいただきましてありがとうございます」と
なぜ願えなかったのだろうか、と思ってしまったんですよね。
募金して、復興の足しにしてもらうよりも
アメノミナカヌシ様に捧げて感謝しよう
そう決めました。
千円札が二枚あるので、一枚は義母を助けてくれた相原諏訪神社のアメノミナカヌシ様に、
もう一枚はライオンズゲートの8月8日にお天気雨を降らせてくださった高明神社のアメノミナカヌシ様にお渡ししようと決めました。
2023年8月8日 高明神社
今日はさっそく相原諏訪神社のお近くのYさんの出張だったので、仕事帰りにお礼参りも兼ねて、あの千円札を賽銭箱に入れ、地球の生きとし生けるものをすべて守ってくださることに感謝してきました。
(お願いではないんです。すでにしてくださってることへの感謝が大事なのです)
その後少し曇ってきたので、高明神社は明日にしようかな?とよぎったのですが
なんだか今日なんだよなぁ。という気持ちが強く、とりあえず行ってみることに。
そういえば今朝は彩雲も出てたし、なんか知らないけどそういう日なのかもなと車を走らせました。
今朝の彩雲
高明神社への道は最後、もの凄い急勾配を登っていきます。
山間いなので15時を過ぎたらもう日が当たらないと思ったら、ギリギリ見上げた鳥居のところから太陽が。
階段を登り、しっかり感謝を伝え、素敵な「ありがとうございました」が書いてある封筒ごと賽銭箱へ入れてお詣りしました。
なんか光の柱みたいなの降りてるな〜と思いつつ、さすがにもう日が翳ってきたので名残惜しい気持ちもありつつ階段を降りました。
神社から少し離れるとまだ日が当たる場所があったので、暖まりながらまた神社を見上げてハートが喜んでいるのを味わっていました。
ここに来るとハートが喜ぶんです。わーいわーいって。
最後に写真を撮ると「今日も来てくれてありがとうね」と言わんばかりの光を見せてくださいました。
こうやってコミュニケーションを取ってくださるアメノミナカヌシ様が
私は大好きです。
神様に対しておかしいかもしれないけど、大好きなんです💖
そんな一日でした。
今日も、いつも、ありがとうございます。