私には大好きな伯父がいました。正確には「祖母の兄」なので伯父とは言わないかもしれませんが、私たち家族にとって、いつまでも若々しい伯父は「おじいちゃん」という感じは全くしなかったのです。
90歳になっても70代に間違えられる程で、いつも上品な服を着こなす、穏やかでとてもスマートな紳士でした。
その伯父・昇さんは赤ちゃんの頃から私を可愛がってくれていて、私がやること為すこと面白がって豪快に笑いました。
幼少期以降はあまり交流を持っていなかったのですが、昇さんは絵描きだったので、私が絵の道へ進んでからは祖母と3人で食事したり、時々ハガキを送り合うようになりました。
祖母が「昇ちゃん」と呼ぶので、私も昇ちゃんと呼ぶようになりました。
私に昇ちゃんと呼ばれることも面白くて仕方ないようで、昇ちゃんはやはり豪快に笑いました。
93歳になっても重たい手土産を持って、しゃんとした背筋で二駅分も歩いて遊びに来てくれていた健脚の昇ちゃんでしたが、体調を崩して入院してからは、あっという間に亡くなってしまいました。
葬儀から二週間ほど経った頃、家の中で探し物をしていたら昇ちゃんからのハガキがたくさん出てきました。
年賀状、暑中見舞い、お礼状など、センスのいい絵葉書に、達筆で書かれたメッセージ。一枚一枚じっくり眺めているうちに、昇ちゃんとの思い出が次から次へと溢れてきて、わんわん泣いてしまいました。
葬儀の時に号泣して以来の大号泣でした。
もう泣けるだけ泣いて落ち着いた頃、風に当たりたくて外へ出てみました。
そこで見上げた空に、空を覆いつくすほど巨大な、龍の形をした雲が出ているのです。
暗い夜空にヒゲやツノまではっきり見える、日本画のような白い龍。
深い、大きな目。これは…昇ちゃんの目だ。
龍の口もとが笑った形に変わりました。豪快な、あの笑い方。
「そんなに泣かなくても大丈夫だよ。いなくなるわけじゃあ、ないんだから!」
そんな風に言われた気がしました。
本当だ。いなくなるわけじゃあ、ないんだね。
巨大な龍に手を振って、私は家に入りました。