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謎はいつもそこに

子供の頃から自然に生活の中にまざっていた不自然なものたちのお話。

私の世界 9. 名前

華やかな祭壇を見て、本当にこれが父の葬儀なんだなー、と不思議な気持ちになりました。

お通夜が始まるまで時間があったので、たくさん寄せていただいた生花に書かれた名前をひとつひとつ見ていた時です。

そういえば父の戒名ってなんだろう?と遺影写真の目の前まで行きました。

そこに書かれた戒名、実家の浄土真宗では法名と言いますが、それを見て驚きました。

 

釋 秀邦(しゃく しゅうほう)

 

この宗派では必ず誰でも「釋」から始まり、その下はそれぞれ人によって違うのですが...

 

私が驚いた下の名前「秀邦」は、父の祖父の雅号(画家名)なのです。

橋本秀邦はほとんど知られていませんが、橋本雅邦の息子です。

 

橋本雅邦 - Wikipedia

橋本秀邦(はしもと しゅうほう)とは - コトバンク

 

ちょうどお坊さんがいたので、どうしてこの法名になったのか聞いてみました。

 

「穏やかで、よく後進の指導にもあたり、たくさんの人を束ねていたとお伺いしました。

お名前の一字である『邦』は国を表すので、優秀に国を束ねていた方、という意味でおつけいたしました。」

 

一緒に説明を聞いていた母や叔父と、う〜ん、こんなこともあるんだね、なんて言い合いながら、お通夜が始まりました。

 

やんちゃ盛りの、じっとしていられない2歳の甥っ子が大人しく座っていられるか不安だったのですが、この子、本当に父が大好きだったんです。

ママよりもじいじがいい!というくらい。

 

その気持ちを彼なりに表現したのか、お通夜の最初から最後まで、目をぎゅっと閉じて手を合わせたままの姿勢で2時間動きませんでした。

2歳の男の子がです。こんなことってあるんですね。

 

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[非母観音] 狩野芳崖 1888年

(完成間近に病に倒れた芳崖は、最後の金砂子の蒔き付けを盟友 橋本雅邦に委ねた。)

 

 

そして「秀邦」の名は伊達じゃなく、会場に入りきれない人があふれる程たくさんの方が来てくださいました。

私の友達もたくさん来てくれ、「悲しい」より「あたたかい」気持ちの方が勝ってしまいました。

 

葬儀って、こんなにも人の愛を感じるものなのかと。

普段ハートを開いて生きてるつもりだったけど、全然まだまだ小さな人間だったなあと、またひとつ父に教えられてしまいました。