謎はいつもそこに

子供の頃から自然に生活の中にまざっていた不自然なものたちのお話。

私の世界 5.言葉

入院して3週間が経った頃、父もそれなりに安定しているので私も母もちょっと余裕が生まれ、その日は母が用事をこなすために、昼間は私だけが付き添っていました。

 

父はわりと体調が良さそうでした。

「大丈夫?苦しい?」

と聞いてみると、

「…ちょっと大変だなあ」

と答えました。

 

父がしゃべった!!

 

久しぶりに会話ができました。これは母に報告だ〜♬なんて思ってると、

 

「ママ、どこにいる」

 

と言うのです。母をママと呼んでいたのは子供の頃なので、少し意外な気持ちになりながら、いま買い物に行ってるよ、と言いました。

 

父はあまり呂律が回らないながらも、魂と感情を振り絞りながら、途切れ途切れに3つの言葉を言いました。

 

 

「もうだめだ」

 

「ママ、頼むな」

 

「さよなら」

 

 

私は動揺しながらも父の手をしっかり握り、

 

「わかった。大丈夫だからね。何も心配いらないからね」

 

と答え、母にすぐ戻るように連絡しました。

父の意識はまた接続が切れたように規則正しい寝息をたて始め、私は父の息がこのまま止まったらどうしよう、と心細い気持ちで母の帰りを待ちましたが、幸い、特に様子が変わることはありませんでした。

母に、父の言葉を伝えられないまま、3日が過ぎていきました。

 

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  病院の駐車場にて

 

 

 

その日の朝、泊まり込んでた母からのメールには「お父さん調子良さそうだから、早い時間に慌てて来なくてもいいよ」と書いてありました。

私は体がだるくて重くて、いくら寝ても眠かったので午後に行くことにしました。

 

15時頃 私が病室に着くと、叔父が来ていました。

「今日は何だか元気そうだから安心したよ」と言って、私と入れ替わりで帰って行きました。

 

いつものように父の横に座り顔を覗き込むと、呼吸が少し、いつもと違う。

しばらく様子を見てると、たまに無呼吸になるのです。

その異変は、私に何か警報を鳴らしました。

看護師さんを呼びました。

呼吸が変です、と言うと「ちょっと痰取ってみましょうか〜」と言うので、そういうことじゃなくて呼吸自体が変なんです!と言い、私の気迫に何かを感じたのか、看護師さんは聴診器をあてたり血圧を測ったり脈を診たりしてから、慌てて他の看護師を呼びに行きました。

 

他の看護師さんが何人か来て父を調べ「すぐにご家族を集めてください」と私に言いました。

母と姉と、さっきまでいてくれた叔父、もうひとりの叔父を呼び、そして息子を連れて病院に来るように夫に連絡。

 

父の命は燃え尽きようとしていました。

最後にすべてのエネルギーを出し切るように、心臓がすごい速さで動いていたのです。

 

姉と姪たちが息を切らせて駆け込んで来て、母が来て、さっきの叔父も到着、夫と息子も到着しました。

血圧はもう測定できないくらい低く、私たちは心電図のモニターと父を交互に見ながら、父に声をかけ続けました。

たまに来る無呼吸の時間は少しずつ、そして確実に長くなっていました。

 

病室のドアが開いて、もうひとりの叔父夫婦が駆け込んで来ました。

 

まるでそれを待っていたかのように、2分後、父は息を引き取りました。

 

 

 

 

目の前で起こっていること。

ひとつの肉体が役目を終えたこと。

父が、あの美しい世界へ旅立ったこと。

私達だけじゃなく、たくさんの存在が共に見守ってくれていたこと。

 

 

 

父の命と、父を想う全員の愛が、そこでは火花のようにスパークしていました。

 

母を抱きしめ支えながら、私はその光景を、ただただ見つめていたのです。