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謎はいつもそこに

子供の頃から自然に生活の中にまざっていた不自然なものたちのお話。

ハーメルンは、笛吹く時を狙ってる。

いつもの公園で友達と遊んでいた低学年の頃。

その日はブランコでどこまで遊べるかに挑戦していて、ブランコからブランコを渡り歩いたり、かなりクリエイティブに次はこんなことをやってみよう、と曲芸的なことをして遊んでいました。

 目の前のベンチにトレンチコートを着た男の人がいるのは気づいていましたが、私たちは遊びに夢中で特に気にしていませんでした。

 3人のうちの誰かが難しいことをやろうとして、あとちょっとのところで失敗した瞬間、

 

「あ〜っ、惜しいっ!」

 

と、男の人が口を開きました。子供って、大人が本音を言ってるか口先だけで言ってるかってわかるものです。それは前者の、本当に私たちと同じ目線に立って見ている人の言葉でした。

 

「さっきから面白いことしてるね」

 

と、子供のように笑うその人は、一緒に遊べないのが本当に残念そうなのです。

大人だからそんな風に遊べないけど、じゃあ次ブランコをこうして、こういうのに挑戦してみたら!?と提案してくれて、それがまた本当に子供心をよくわかってる発想のものばかり。

その人の雰囲気は保育園の頃お世話になった保父さんに似ていたし、何より助言して提案してくれる遊び方が本当に魅力的。そして私たちの失敗や成功がおもしろくて仕方ないようで、失敗すれば一緒に残念がり、成功すれば大喜びでほめてくれたので、私たちはすっかりその人に心を開いていました。

 

私たちが遊ぶ公園は、遊具が豊富な大きな公園と、ベンチだけの小さな広場が繋がっているような作りになっていて、さんざんブランコで遊び尽くしたら、

 

「今度はあっちの広場で遊ぼうか。よーし競争っ」

 

と言ってその人は走り出しました。走り方もおもしろい。私たちもきゃあきゃあ笑いながら走ります。

広場に着いてからもその人は止まらず、ようやく一番奥のベンチに座りました。

広場には、他には誰もいません。

 

その人の雰囲気が少し変わった気がしました。

遊ばせ方がさっきより適当な感じになり、最終的には私たちを立たせて後ろから眺めるだけになりました。そして、

 

「あ〜、車の中におもしろいものたくさんあるんだけど一緒に取りに行かない?君たちが大好きなものがいっぱいあるんだ」

 

私とひとりの友達は単純だったので、うーん、行ってみる?どうしよっか〜なんて言い合ってたのですが、その人はもう歩き始めています。

その時、もうひとりの友達が小声で

 

「この人おかしい!逃げるよ!」

 

と言い、慌てて3人で走って逃げ、事なきを得たのです。

 

これは、今となっては確かめる術がないことですが…

「そうじゃなければいいな」と思う気持ちは写真を見る度に揺らいでしまうので、幼児犯罪が減ってくれることを願い、あえて書きます。

 

 

その人は、宮崎勤だった可能性がとても高いです。

 

 

顔や髪型、佇まいはもちろん、当時幼児を物色していた公園のひとつがまさに私たちが遊んでいた公園だったり、何よりあの子供の心を掴む雰囲気や遊び心は、本当に後にも先にも見たことがないのです。

もしもあの人が宮崎勤だったのなら、何人も子供を捕まえられたのがわかる気がする…。

そのくらい、親となった今でさえ、あそこまで子供を楽しく遊ばせる人にはあまり出会ったことがありません。

wikipediaかどこかのサイトで、彼は心が子供のままだったという記述を見かけましたが、それは確かにそうだったのだろうと思います。

 

子供って「明らかに怪しい人」「気持ち悪い人」「どこか怖そうな人」には絶対心を開きません。それは親に教えられなくても本能で感じるから。

でも、その真逆の雰囲気を持った上で「子供を本気で遊ばせてくれる人」に出会った場合、その瞬間はどうしても心を開いてしまう。

いきなり現れた人に「車にいいものがあるよ」と言われただけでは、ついて行く子供はいないのです。

 

あの事件から長い年月が経ち、時代も変わりました。

公園に行くと、横で子供を遊ばせつつスマホに夢中になっているお母さんをたくさん見かけます。そういう子供が育ち、子供だけで外の世界で遊ぶようになった時。

 

自分の親以上に一生懸命遊んでくれる、優しくておもしろいお兄さんが現れたらどうなるでしょうか?

 

一流の犯罪者は、本当にスマートで巧妙なんです。

 

それだけは知っていてください。

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