謎はいつもそこに

子供の頃から自然に生活の中にまざっていた不自然なものたちのお話。

普通じゃない昼休み

20歳くらいの頃、歯科助手のバイトを始めました。

 

それまではカフェや喫茶店で働くことが多かったので、初めての職種は覚えることがたくさんあり、一日があっという間に過ぎて行きました。

そうして少しずつ業務にも、独特の淡々とした空気感にも慣れてきた2週間頃…。

 

いつもならお昼休みに入る時間帯に、先生も先輩の歯科助手も何だかバタバタしているのです。

たまに院長の家族が治療を受けに来ていたりするので、また身内が来るのかな?と思い、私は指示を仰ごうと先輩に話しかけました。

 

「これから患者さん見えるんですか?」

「ああ、うん、そうなんだけど、離れて見てればいいから」

 

離れて見てる…?

 

どういうことですか、と聞こうとした時、入口の自動ドアが開く音がしました。

 

「失礼します。今日もよろしくお願いします!」

 

待合室に何人もの人が入ってきたのがわかりました。私がいる診察室から待合室は見えないのでよくわかりませんが、受付で対応している院長のうしろ姿が、いつもと違ってピリッとしてるのが伝わってきます。

 

なんだろう?どんな患者さん??という私の疑問の答えが、ついに診察室のドアを開けて入ってきました。

 

それは、手錠をして、腰に紐を回された留置人でした。

何人もの警察が取り囲みながら入って来たその人は、疲れてそうな、それでいてどこか薄ら笑いをしているような顔。

 

先輩の説明によると、留置人の定期治療なんてどこの歯医者も嫌がって絶対に引き受けないから警察もなかなか苦労したそうで、留置所の近場の歯医者からかけ始めた治療を依頼する電話は、断られ続けていくつもの市を通過して、郊外のうちの院長が「別にいいけど」と引き受けて終着したということらしく、

 

「月に一度いろんな犯罪者が来るんだよね」

 

f:id:twinklesachiko:20160524164257j:plain

 

さらっと先輩は言います。

私とほぼ同時期に入った年配のベテラン歯科助手は、その物々しい光景を見て貧血を起こし早退、そしてもう二度と出勤してくることはありませんでした。

 

離れて見てればいいから、というのは初回のみで、次の月からは私も担当したりしました。診察台で口を開けてる留置人は何てことないのですが、レントゲンを撮る時は密室で2人きりになるんです。相手は手錠をしているとは言え、サイコな人間かもしれないわけで…。なかなか嫌な仕事でした。

 

それぞれの留置人の罪状については時々教えてもらえるんですが、「国際的な車両窃盗団を仕切る人」はものすごくインテリな雰囲気で礼儀正しかったです。

 

そんな衝撃の歯科助手でしたが、さらに給料明細に不思議な点があったんです。

 

なぜ、バイトなのに固定給なんだろう?

 

先輩に聞いてみました。

「あのう…なんでバイトなのに固定給なんでしょう…?」

 

「え!?あなた正社員だよ!?」

 

なっなにーーーー!うっかり就職していた!!

 

家に帰って家族に言ったら大騒ぎでしたねw

 

「私!就職してたんですがww」

 

父「なんだって!」祖母「ええ!?さっちゃんが就職!?」←若干失礼

母「やだおめでとう!w」姉「嘘でしょw」

 

急遽、夕飯がちょっと豪勢になり「就職おめでとー!」と祝ってもらいました。

 

レントゲンの現像室で霊を見たりもしたのですが、留置人と就職の方がインパクトあるので端折らせてもらいます。

でももっと正直に言うのならば、霊より留置人より、院長が一番怖かったかなw

院長のおかげで、少しはマトモな大人になれたと思っています。